ツーリング中に、コインランドリーで洗濯するだけの日ってのも珍しいのですが、
ゆっくりしたおかげで、娘の体調も、空模様も回復したので、いよいよ礼文島に渡ることにしました。
礼文島へは、稚内港から東日本海フェリー(2008年にハートランドフェリーという社名に変わっています)で、
約2時間の船旅。
稚内港を出た船は、ノシャップ岬をくるっと回って、礼文島へ向かいます。
お天気が良ければ、海に浮かぶ利尻島がドーンと見えるのですが、
残念ながら雲に覆われて、島の裾野しか見ることとができませんでした。
ところで、当時のフェリーの乗船券は、国鉄の切符みたいでした(笑)
22年前の北海道ツーリングでは、2カ月間の旅の1/4以上を、この島で過ごしました。
今は、オートキャンプ場になっていますが、久種湖キャンプ場という当時は無料のキャンプ場が、
寝城でした。
ここには、全国から集まったオカシナ、でも結構ピュアな旅人が「住んで」いて、
なんだか家族のように暮らしていました。
このキャンプ場の良いところは、サイトは芝生のような草原で、炊事場となる東屋には薪ストーブがあり、
東屋の横には、廃校になった小学校を解体した材木が山のように積まれていました。
つまり、煮炊きに使う燃料代がいりません。
そして、浜に出れば昆布や貝が無尽に獲れ、キャンプ場の「住人」が漁協のおばちゃんと友達になって、
毎日、売り物にならない魚をタダでもらって来ます。
売り物にならない…といっても、高級魚のキンキや氷下魚(コマイ)も混じっていました。
そう、つまり食料代もほとんどいりません。
そして、そして、自分が島に入る直前に、キャンプ場の近くのスナックが火事になったらしく、
「焼け出された」ウイスキーのキープボトルを、またまた誰かが、大量に貰って来ていて、
瓶は焦げているけど、中身は正真正銘のサン○リーオールドを、毎晩みんなで回し飲み…。
そう、酒代もタダなんですね。
米さえあれば、お金を使わずに、いつまでも暮らしていけそうなパラダイスなキャンプ場で、
海辺を散歩したり、山に登ったり、林道をトレッキングしたり、たまには絵などを書いてみたり…
そして夜は、みんなで薪ストーブを囲み、タダ酒を飲みながら、
旅の話、バイクの話、将来の夢、叶わぬ恋の話など…、夜が更けるまで、話し続けました。
こんな愉快な仲間たちと、夢のような旅人生活を送っていた、あの夏。
そんな、思い出いっぱいの島に、22年ぶりに、娘と共に上陸しました。
*今回の写真は、全て当時のものです。